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「もう戻れない」への憧れ

サブミッシブ気質の女性は、日常生活では自立して、社会的な立場を築いていることが多い。
仕事でもプライベートでも自分で決断し、責任を果たしている。

現代社会は非常に「自由」だ。
でもその反面、なんでも自分で考えて決めるという「責任」が押し付けられている。

その結果、仕事では常に気を張り、周囲の空気を読み、自分をすり減らしている。

そんな自立した女性は、だからこそ心のどこかで「すべてを投げ出したい」「考えることを放棄したい」と密かに願ってしまうのだろう。
「ペットになりたい」「奴隷になってみたい」という願望は、そんな感情の表れのように思う。

ペットや奴隷になりたいと願う、サブミッシブな女性が本質的に感じているのは「もう戻れない」状況への強烈な憧れだ。

それはバンジージャンプで飛び降りた瞬間に似ている。

SMの様な非日常を体験するとき、その過程には、いくつもの「もう戻れない」ポイントが存在する。

  • 調教体験の申し込みボタンを押したとき。
  • 初めて通話で声を交わしたとき。
  • 直接会い、ホテルの密室に入ってしまったとき。
  • 自ら服を脱ぎ、裸で土下座をして「調教お願いします」と口にしたとき。
  • 首輪をつけられ、人間としての権利を完全に明け渡したとき。

この「一線を越える」体験を重ねるたび、彼女たちの日常を覆っていた分厚い理性の鎧は激しく揺さぶられる。
感情の処理が追いつかなくなると、ついに取り繕っていた仮面が剥がれ落ちる。
そこで初めて、彼女たちの本心、一番見られたくない無防備な姿が露わになる。

「もう自分の意思ではどうにもならない」
そういう状況になってようやく、彼女たちは自分の思考を止めることが出来る。

逆に言えばそこまでしなければ理性を手放すことが出来ない。
だからこそ、そうなったときに深い安堵を覚え、自由になったように感じるのだろう。
一線を越えてしまったという少しの後悔と、すべてを放棄できた達成感が入り混じることで、強烈な快感が生まれる。

そうして「もう戻れない」場所へ進んだ先で得られるものがある。
それは「奴隷やペット」という新しいアイデンティティだ。
「ご主人様のための存在」という、極めてシンプルな存在意義。
ご主人様の足元という「ただそこにいるだけで許される居場所」。

そこでは「自立した大人の女」という重たい価値観を捨て去り、別の価値観で過ごすことができる。

ここまで一気に価値観が反転し、精神的な自由を得られるような体験は、普通に人生を歩んでいる人には存在しないと思う。
こんな危険な経験をしなくても人は幸福に生きることが出来る。
しかし人生は一度きりだ。
もし価値観がすべて変わるような経験をしてみたいなら、SM調教体験を検討するのもアリだろうと思う。

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