SMの体験記事を読んだとき、酷い目に遭っている女性を見て密かに興奮する。
そんな経験はあるだろうか。
「もし、自分が同じことをされたら……」
そう想像すると、背筋がぞわぞわして、甘い興奮を感じる。
しかし同時に、「こんなことに興奮するなんて間違っている」「私はおかしいのではないか」と自己嫌悪する。
そんな経験をするM女性は多い。
けれど安心してほしい。
あなたは決しておかしくない。
あなたが惹かれているのは、単なる「暴力」ではないからだ。
その奥にある「精神的な解放」。
それがあなたを興奮させているものの正体だ。
SMは見た目から「過激なもの」という印象が強く、未経験のM女性は「なぜ自分がそれに惹かれるのか」を自覚することが難しい。
人と相談することも難しいため、経験をした後であっても自覚していない人も居るくらいだ。
この記事では、SMが与える理不尽が何故あなたを興奮させるのか説明したいと思う。
いじめとSMの違い──心を揺さぶるコントロール
女性が酷い扱いを受けるのを見て興奮する。
それだけ聞くと、ただの「いじめ」と同じだと思うかもしれない。
だが、SMといじめは全く違う。
SMには有って、いじめには無いもの。
その決定的な違いは、Sによる「感情のコントロール」だ。
いじめは単に「いじめる側が気持ちよくなる」ための暴力に過ぎない。
SMはそうではない。
暴力で脅して服を脱がせて裸にするのは簡単だが、それでは心まで裸にすることはできないだろう。
SMはM女性の心を裸にするため「手段としてひどい扱い」をする。
普通の人間関係でも、相手を褒めたり安心させたりするだろう。
これは「プラスのコントロール」だ。
しかし、SMはそれだけでは終わらない。
貴女を徹底的に追い詰め、怖がらせる。
絶対にできないことを命令し、わざと失敗させたりもする。
つまり「マイナスの方向」にも、感情を激しく揺さぶるのだ。
なぜそんなことをするのか。
それは、M女性が普段かぶっている「心の鎧」を無理やり剥がすためだ。
感情を揺さぶられて、追い詰められ、限界になると、人はソトヅラを保てなくなる。
プライドや常識を維持できなくなり、最後にはその人の本心だけが残る。
M女性の無防備な状態。
普段の常識を手放し、シンプルに「一匹のメス」として振る舞う時間。
「心の鎧」を手放せないM女性には、それがとても開放的に感じる。
常識を剥ぎ取る「理不尽」
心を裸にするために、私たちが一番よく使うものがある。
それが「意図的な理不尽」だ。
「なぜこんなことをされなきゃいけないの?」
「私には絶対にムリ!」
ご主人様の命令は、M女性の常識では理解できないことが多い。
理由のない罰。理屈の通らないルール。
それらを与えられた瞬間、M女性の頭の中ではどうなるだろうか。
普段の「正しい考え方」「常識」が、まったく使えなくなる。
頭がパニックで真っ白になり、考えることができなくなる。
日常のルールが通用しない、絶対的な支配の空間。
理不尽に飲み込まれるとき、M女性は日常で感じていたプレッシャーから解放される。
日常で常に考えている「人に嫌われないように」「正しく行動する」という責任感が抜け落ちる。
それらをすべて手放せることに、深い安心を覚える。
自分から常識を捨てる事
だが、本当の快感はその先にある。
責任感から解放されるのは、単に「M女性が秘めた変態を解放するための準備」でしかない。
頭が真っ白になっても、理不尽な命令は続く。
ご主人様はM女性に、自分の意思で「日常の常識」を捨て、自分の意志で変態行為をするよう命令する。
「ご主人様の命令だから仕方ない」
「もう私にはどうすることもできない」
そう言い訳できたとき、貴女は初めて自分を解放し、心の中に隠していた「変態的な自分」を表に出せる。
嫌がりながらも、自分から常識とは違う行動をとる。
ただの従順な女に落ちていく。
この「価値観がひっくり返る瞬間」こそが、M女にとって最高の快感なのだ。
自分から常識を壊し、違う自分に生まれ変わる。
その背徳感と、すべてを脱ぎ捨てた解放感。
これこそが、あなたがSM記事から感じ取っていた興奮の正体だ。
M女性が本当に求めていたこと
あなたが求めていたのは、ただ痛めつけられることではない。
ご主人様から与えられる「理不尽」という強い力で、自分を縛る常識を壊したかったのではないだろうか。
心を縛っている常識は、M女性ごとに違う。
それはつまり「どんな理不尽を与えられたら楽になるか」は人によって違うという事だ。
次にSM体験の記事を読むときには少し視点を変えてみてほしい。
「自分の一番弱い所を晒してしまう『理不尽』は、なんだろう」
それを考えることで、あなたのSMとの向き合い方が分かるかもしれない。