僕は新幹線に乗るのが好きだ
長い時間電車に乗るのが好きなのだ
実家まで急行でに乗れば30分で着くところを、鈍行に乗って1時間かけて移動したりする
その間僕はSNSや動画を見たりはせず、たいてい思索に耽る
仕事のこと、生活のこと、読んでいる本のこと、そしてSMのこと
色々なことを考える
普段から情報の波に晒されている現代人としては、移動の時間はとても解放的になれる感覚がある
ただ電車のシートに座っているだけでいい
何もできず、何か成し遂げる必要が無いからこそ、何にも囚われずに思いつくまま思考する
何を考えてもいい、無駄にしてもいい、自分のためだけに使える自由な時間
それはつまり、何の責任も果たさなくても良い"解放感"を感じられる時間であるという事だ
そうやって考えていくと、この感覚はサブミッシブが求めているものと近いのかなと感じることがある
首輪を付けられたい従者とたまに「おうちデートプレイ」をしたりする
基本的には部屋の中で一緒に映画を見る、ただそれだけだ
ただし、あくまでもSMプレイ
その間は彼女を「ペット」として扱う
具体的には服を脱がして生まれたままの姿にして、首輪を付ける
頭を撫でたりクッション代わりに抱きしめたりすることはあるが、基本的には性的な行為やハードなプレイは一切しない
本当にただ一緒に居るだけの、日常のような時間を過ごすだけのプレイだ
派手さや面白さは無いが、ある程度長い期間の関係を持った従者からは好まれることが多い
このプレイで従者が感じるのは「"ご主人様のペット"という絶対的な居場所」と「日常からの解放感」だ
首輪で繋がれた従者はスマホでSNSを見ることも、飲物を用意したりといった「役に立つこと」は一切できない
「ご主人様の隣に居ること」
それが従者の価値のすべてであり、役割のすべてとなる
その間彼女は、何も成し遂げる必要がないという解放感を感じることになる
もっと言えば「何もしなくても、そこに居るだけで承認される」という安心感をかみしめる
情報や選択肢が多すぎると人はそれだけでストレスを感じる
だから逆に不自由な状況のほうが精神的なデトックスになるのだ
こういう「何もしない」ことが許されるのもSMの面白いところの一つだと思う
もしこんなプレイに興味があるのなら、是非SM調教体験も考えてみてほしい